祈りのうちに

夫の突然の脳腫瘍、物語を書きかえながら、すべてを受け入れる
日々をつづりたいと思います

「はい」とこたえること

昨日、夫とぶつかってしまったことを

今朝、職場のパストラルケア担当のシスターに

打ち明けました。

シスターは静かで優しい微笑みで

家族なのだからいいんです、と

言ってくれました。


涙ぐんでしまった私ですが

シスターも潤んだ瞳でした。


この目をみえるようにしてくれとか

パソコンをつかえるようにしてくれとか

自宅から離れて生活している娘に会いたいとか

無理難題ばかりを言われ

返す言葉がなかったことを話したら

家族にだからわがままを言いたくなるのだから

「はい」と言えばいいのだと

シスターは教えてくれました。


ただ「はい」とこたえる

優しく

穏やかに


そうか

それでいいんだ‥‥


病気の夫をイエス・キリストと思い

接しなくてはならないのに

私は一杯のお水を差し上げることすら

できていない


シスターにそう話したら

私がそのことを理解している

気づいているのだから

いいのだと


人間なんだから弱くなるもの

そのことで信仰の深さをはかるものではないと

シスターの言葉が心にしみわたりました。



夫のこと

体調の心配される父のこと

気弱になっている母のこと

考えなければならないことがたくさんあるのに

自分も体調が悪くて、やりきれない

そのことも、シスターは

体調の悪い時は誰だって自分のことで

精一杯です

できなくて当たり前

それでいいのですよと

優しく話してくれました。


シスターに話をきいてもらって

本当によかった

胸のつかえがとれたようでした。


午前中は、夫のいる病室を避けていましたが

午後に訪室すると

もう、何もなかったかのように

夫は、今日治療した歯の話をしていました。


「はい」とこたえること

それがどれほど平和を呼ぶか

ただそれだけで寄り添いになれること

今日の学びです


明日も穏やかに「はい」と言おう


今日も祈りのうちに