祈りのうちに

夫の突然の脳腫瘍、物語を書きかえながら、すべてを受け入れる
日々をつづりたいと思います

5年目の8月

moko

8月3日

夫が天国へ引っ越してから

5年目を迎えました


子供達とお墓へ行きました

毎年暑さがこたえるお墓ですが

今年は雨がそっと降ったりやんだりの

過ごしやすい気温でした


あの日から5年

私は生きています

いつか天国で会えても

私のこと覚えていてくれるのかな


私の人生はあとどれだけ歩くのか

神様しかわからない

明日が来るのなら

み旨に叶うように

生きたい


今日も祈りのうちに

日々思うこと

moko

夫の最後の闘病生活5年余りは

術後の高次機能障害で

本当にコミュニケーションがとれといるのか

わかりませんでした


なので

さいごまで愛されていたのか

わかりません

自分でも心をこめて彼をケアできていたのか


分かり合えないこともしばしばあり

イライラして冷たくしてしまったことも

あります

このことはずっと心で後悔の渦をまいている

自分の目の前には小さなイエス様がいると

思いたかったのに

できないこともたくさんありました


夫を看取った後に

あの時の自分の行いを

いつも祈りで謝っている私

再び天国で会えた時に

夫は私を笑顔で迎えてくれるのだろうか


ひとりになって

時間の余裕もでき

あらためて自分の信仰に向き合うようになった


私の信仰は素朴な祈り

一粒の涙ほどのもの

それでもどうか天国で

夫に会わせてください


今日も祈りのうちに

ひとりで生きるようになって

moko

夫を看取ってから

今度の夏が来ると5年になります

子供達も家を出て独立し

ひとり暮らしになりました

人との交わりが苦手なのに

ひとりでいることがすごく寂しく思う時も

あります

私には問いかけられる人が

そばにいないと感じる時

ひとりで考えて答えを見つけないとならない時

孤独な気持ちになってしまいます


娘が結婚することになりました

娘が決めた人だから

神様の計画を信じて祝福したいです

こんな時もひとり

夫と娘の幸せを分かち合うことも

できない


ひとりで心に思い巡らすことに

息苦しい時もあるのです


最近私と同じように

病気でご主人を亡くされた友人がいます

闘病に寄り添っていた時から

気持ちを分かち合えるかと

SNS上でメッセージのやりとりなどをしました

彼女は私よりもとても敬虔なカトリック信者と

思うのですが

私とは少し違った心を持っていました


よーく考えると

彼女はあまり人の話は聞いていないように

思えます

頼りないようでいて

自分をしっかり持っているのかもしれないけれど

気がつくといつも主役

本を書いたり、経営者でもあるので

そう感じるのか


同じように夫を見送った人でも

きっと強い心を持っているのかもしれません

友人として好きですが

ひとつだけご主人が病気になったことは

絶対にコロナワクチンのせいだと公言しているのが

気になります

自分で信じることは自由ですが

医学的根拠については

はっきりしないことなので

なぜ、ご主人が選択して受けたワクチンのことを

強く否定するのかがわかりません


神様の計画のうちの出来事なのではないかと

私は思う

私の信仰は素朴な羊飼いですが

人生は全てがメッセージだと思って

生きていきたいと思います


今日も祈りのうちに