祈りのうちに

夫の突然の脳腫瘍、物語を書きかえながら、すべてを受け入れる
日々をつづりたいと思います

2018年11月MRI検査

11月5日から10日まで

検査入院でした。

今回は化学療法はなし

MRIとリハビリ方面からの検査でした。


MRIの結果は

前回少しだけ見えた怪しげなモヤモヤは

ほぼ消失

アバスチン再開しなくてもまだ

大丈夫でしょうということでした。

夫はとても安心した表情で

退院しました。


リハビリの検査というのは

言語も含めた多角的な検査のようで

疲れたりすることから一度にはできないので

数日かけて行うのだそうです。

この結果から、病状の早期発見にも

つながる場合があるらしく

MRIの度ではなくても

数ヶ月ごとにはしたいので

次は1月にMRIのみ

その次の3月にまたリハビリの検査をすることに

なりました。

1月は外来で

3月は入院という予定です。


リハビリの検査というのは30点満点で

2年半前の手術直前は30点

術後には15点

その後は徐々に回復してきて

29~30点という結果が出ているそうです。


その時々での調子もあり

うまく言葉の出ない日もあります。

コミュニケーションがとれずに

イライラしてしまうこともしばしば

何かしらの不自由を持つ人に

イライラを見せてしまうのは

虐待のように思えて

時々すごく落ち込み反省

でも、だから言って全て障害者の夫中心の

生活にはできません。


この悩みは永遠の課題でしょうか。


今日も祈りのうちに

葡萄

秋が深まり
葡萄の季節も終わります。
夏にはおいしかった葡萄が
今はなんとなく食べたいと思えなくなりました。


寒くなって来たせいもあるのですが
お買い物に行って葡萄を見ると
さいごに父から所望されたものが
葡萄だったことを思い出してしまうのです。


ホスピスに移った9月6日午後
訪室すると、ほとんど食べ物を
受け入れられなくなった父が
葡萄が食べたいというので
すぐに近所のコンビニへ車を走らせました。
コンビニにはお野菜、果物が
おいてあるのですが
その時に葡萄はなくて
もう少し離れた場所のスーパーへ行きました。
いろいろな種類の葡萄があった
父が食べてくれるなら、と
高価なシャインマスカットや
ピオーネなど、何種類か買って
病室へ戻りました。
気持ち的には宮沢賢治が瀕死の妹に
一杯の雪を求めて出かけるような
そんな心情でしょうか


私が遅いから父は心配していました。
どれがいい?と数種類のぶどうを見せると
黒にしようか、と
2粒ほど食べた父
残りは冷蔵庫にしまいましたが
その後、1~2回ほど葡萄を口にして
ほとばしる果汁だけ味わうと
飲み込めずにティッシュに出していました。
それも2粒くらいでした。


私たちはふだん食べることが
難しいなんて思わないものです。
飲み込むことが難しいことだなんて
想像ができなかった
たとえば認知が進んで嚥下が難しくなるとは
聞いていますが
会話のできる人が、食べ物を飲み込めないことが
そんなことあるのだと、初めて知りました


来年も葡萄を見ると
父と過ごしたさいごを思い出すのでしょう



夫は今日からMRIでの精査入院です
午後から大学病院へ連れて行きます
この夏に大切な人とお別れしたばかりです
今はしばらくこんなエネルギーは
ありません


神さまどうか、夫の検査結果が
良好でありますように
私たちをお守りください


今日も祈りのうちに




疲れた心

父とのお別れ以来

実家に毎日寄って、母に会っています

母は、いまだに父との別れの時を

さいごに見た顔が忘れられない

何を言いたかったんだろうとか

受け容れて時を消化できていないようです。


週末は土曜日曜と実家の手伝いをして

週末のお休みが過ぎ去ります

自分のための時間はほぼなくなり

帰宅して夫の食事の用意をすると

たいていソファで寝落ち

そんな日々が続いています。


来月初めに夫の検査入院があります。

いまは、またもう一人

重篤な家族を看ることは

重荷すぎてできそうもない

ましてや、もしもまた家族の看取りが

あるとしても

今すぐには心が疲れ過ぎていて

つらすぎる

なので、夫にも母にも

まだまだ元気でいてほしいです。


そんな疲れた心を持つあまり

昨日は母にきついことを

言ってしまいました。


家に一人でほとんど引きこもって過ごす

母のことを心配して

土曜日を一日中使ってデイサービスの

見学に3件行きました。

そのうち2件は母にも私にも

ちょっと違うかないう気がしたのですが

1件は、決めてくれたらいいのにと思い

母にも尋ねるとそうね、と返事してくれて

ケアマネさんにも連絡したのに

夜になってからやはり行きたくないと

言い出しました。


私が電話で母に

もう好きにしてと言っている声を聞き

夫がその言い方はひどいよと

言いました。


父から母のことをよろしくと

頼まれていることを思うと

母には早く元気に前を向いて

生きてほしいのです。

夫が病気を受け容れて前向きになって

くれるまでも

そこに寄り添うことは本当に大変でした。

母のスピリチュアルペインは今もまだ癒されず

物語の書き替えはできていないのでしょう。


スピリチュアルケアを勉強してから

スピリチュアルケアワーカーの夢を持っていましたが

すごくつまづいています。


今こそ祈りに助けられたい

大切な人をなくした人のために

また、病気で苦しむ人のために

今日も、祈りのうちに