夫の最後の闘病生活5年余りは
術後の高次機能障害で
本当にコミュニケーションがとれといるのか
わかりませんでした
なので
さいごまで愛されていたのか
わかりません
自分でも心をこめて彼をケアできていたのか
分かり合えないこともしばしばあり
イライラして冷たくしてしまったことも
あります
このことはずっと心で後悔の渦をまいている
自分の目の前には小さなイエス様がいると
思いたかったのに
できないこともたくさんありました
夫を看取った後に
あの時の自分の行いを
いつも祈りで謝っている私
再び天国で会えた時に
夫は私を笑顔で迎えてくれるのだろうか
ひとりになって
時間の余裕もでき
あらためて自分の信仰に向き合うようになった
私の信仰は素朴な祈り
一粒の涙ほどのもの
それでもどうか天国で
夫に会わせてください
今日も祈りのうちに
夫を看取ってから
今度の夏が来ると5年になります
子供達も家を出て独立し
ひとり暮らしになりました
人との交わりが苦手なのに
ひとりでいることがすごく寂しく思う時も
あります
私には問いかけられる人が
そばにいないと感じる時
ひとりで考えて答えを見つけないとならない時
孤独な気持ちになってしまいます
娘が結婚することになりました
娘が決めた人だから
神様の計画を信じて祝福したいです
こんな時もひとり
夫と娘の幸せを分かち合うことも
できない
ひとりで心に思い巡らすことに
息苦しい時もあるのです
最近私と同じように
病気でご主人を亡くされた友人がいます
闘病に寄り添っていた時から
気持ちを分かち合えるかと
SNS上でメッセージのやりとりなどをしました
彼女は私よりもとても敬虔なカトリック信者と
思うのですが
私とは少し違った心を持っていました
よーく考えると
彼女はあまり人の話は聞いていないように
思えます
頼りないようでいて
自分をしっかり持っているのかもしれないけれど
気がつくといつも主役
本を書いたり、経営者でもあるので
そう感じるのか
同じように夫を見送った人でも
きっと強い心を持っているのかもしれません
友人として好きですが
ひとつだけご主人が病気になったことは
絶対にコロナワクチンのせいだと公言しているのが
気になります
自分で信じることは自由ですが
医学的根拠については
はっきりしないことなので
なぜ、ご主人が選択して受けたワクチンのことを
強く否定するのかがわかりません
神様の計画のうちの出来事なのではないかと
私は思う
私の信仰は素朴な羊飼いですが
人生は全てがメッセージだと思って
生きていきたいと思います
今日も祈りのうちに