祈りのうちに

夫の突然の脳腫瘍、物語を書きかえながら、すべてを受け入れる
日々をつづりたいと思います

何かに向かうとき

数年前、いつも何かに背中を押され
自分にできることを探していた時期がありました。
それは自分のために何かをするというより
誰かのために何ができるかを探していた
そういう時期でした。
両親が高齢になりやがて父の介護
夫の病気
いろいろなハードルがあらわれて
いつしか、うすれていったその思いでした。
いまはあの時ほどせかされている気持ちは
しませんが
人生の半分を過ぎているので
自分が動けるうちにできることは何か・・・と
考えるようになりました。
今の仕事ではないような気がします。


最近、ある大学のHPを見ていて
忘れかけていたスピリチュアルケアのことが
蘇ってきました。
というのは、この大学でグリーフケアを勉強できて
2年間、週1回と月2回土曜日の集中講義の案内が
あったからです。
来年度の申し込み締め切りが1月21日でした。
こちら、面接試験があります。
2年間勉強したい!
強い気持ちはあったのですが
自分の2年間が保証できない
病気で介護の夫がいて、
自立しているとはいっても要介護1の母がいる
そんなことを悩んでいるうちに、締め切りの21日には
夫が緊急で大学病院にかかることになり
あっという間に過ぎて行った21日でした。


グリーフケア、スピリチュアルケアは
この勉強を終了しても仕事としては
まだまだ日本で多くは出会えないといいます。
でも
自分は、残りの人生を誰かの心に寄り添いながら
過ごしたいと思うのです。
グリーフケアとは別に、最近になって
もうひとつ考えていることがあります。
こちらももう少し具体的に自分の中で
考えてみようと思います。


夫や母の介護があるから何もできないとは
思いたくないのです。
夫や母の介護も
神さまからの賜物
私が必要な出会い
そんな風に思えるようになりたい


今日も祈りのうちに

頭痛

先週の金曜日の夜

夫が頭痛を訴えて来ました。

この病気がわかった時から今まで

一度も頭痛を訴えたことがなかっただけに

急に私の頭の中に暗雲がたちこめました。


年末に突然の旅立ちをしてしまった

職場の人は、病気で倒れる前に

ちょくちょく頭痛のことを言っていたときき、

すごく心配になり、夜遅くにかかりつけの

大学病院の救急に電話で指示を仰ぎました。


発熱、吐き気もないので

とりあえず鎮痛剤で様子をみることに。

翌日はデイサービスでしたがお休みして

寝て過ごしました。


日曜日の朝には痛みが緩和してきたというので

風邪だったのかなと少し安心

夫も起きて、いつもしている問題集を始めました。


ところが夕方に再びずっきんずっきんするといい

鎮痛剤を3日くらい続けていたけれど

良くはなっていないとわかり

今日(月曜日)、仕事を急遽休んで

大学病院に行ってきました。


大学病院での検査は11日にMRIを受けたばかりでした。

それでも、急な脳出血なども可能性なしとも

言えないし、すごく不安でした。

診察前にCT検査を指示されて検査室へ。

何度も何度も来ているところです。


診察を受けると、主治医ではありませんでしたが

チームドクターだったともある先生で

いくつか問診のあと、特に頭の中に悪いことは

起こっていないという診断でした。


ああ、よかった


筋肉が固まってなるものかもしれないから

鎮痛剤と筋肉弛緩剤か出ました。


次回は2月にMRIの予定てす。

最初は2カ月に一度で3月の予定でしたが

1月11日の検査で

ごくごく小さな影が見えたということで

1カ月後になりました。


いつもいつも、再発宣告に怯えながら

検査に行く生活は相変わらず


今日も祈りのうちに

2018年が終わる


平成最後の年末
2018年があと1日で終わります。
2019年、どんな年でしょうか
いつも先のことはわからずに年が明け
いろいろなことがあって年を越す
自分にとっては忘れられない2018年
平成30年になりました。


いちばん大きな出来事は
父を看取ったことでした。
初夏にホスピスを見て回り
梅雨が明けて夏が来てすぐに入院となった父
居間のソファに座って本を読んでいる父の姿は
なくなってしまいました。
病室の窓からみた夏空
白い雲、どこまでも青い空
ここから旅立つ日がいつくるのだろうと
毎日通った病院
病室に新聞を運んだ日々
静かに新聞を読む父のそばに
ただ静かにすわって時間を過ごした日々
時々、コーヒーを買っていくと
父は嬉しそうに一緒にコーヒーブレイクしました。


それも徐々に難しくなっていき
「もうコーヒーは買ってこなくていい」と言われたときの
言いようもない寂しさと悲しさが
今も心に残ります。


さいごの頃にもう言葉を発することもできなくなった
父のそばで
長い時間を過ごしたことがありました。
目を閉じて呼吸の早い父の顔を見ながら
小さな声でアベ・マリアを歌いました。
父は信者ではありませんが
天にのぼるときはきっとマリア様がご一緒して
くださると私は信じていました。


9月の夕暮れ
父は旅立っていきました。


私が捧げた時間は
神さまが祝福してくださると信じています。


次に5月のことです。
夫が高次機能障害施設を退所し
新しい生活、在宅生活に入りました。
手術してから2年目のことでした。
初めは障害者としての受けられる支援が不明瞭で
この先のことが思いやられ、
仕事を続けられるかも心配されましたが
なんとか介護も使えることになり
住宅を改修したり、ヘルパーさんが出入りすることになったり
家族にとっても新たな生活となりました。


2019年の春がくると
夫はなんと、術後3年目に入ります。
今の安定さから急変することは
考えられないのですが、
とにかく安定した状態が長く続いてくれることを
祈るばかりです。


10月
父が帰天してすぐのころに
長女の大学が決まりました。
父もとても楽しみにしていてくれたのですが
発表を待つことができなかったことが残念です。
彼女の第一志望の大学で専攻は看護科です。


それから自分も健康でいられますように。
来春大学4年生になる長男と
大学生になる長女のためにも
がんばって家族を支えていかれるようにしたいです。


この年末に、年齢の近い職場の人が
突然の病気で帰らぬ人となってしまいました。
夫も突然の発病でしたが
明日、どんなことがおこるかわからないということです。
突然おそわれるということは
後のことは自分にどうすることもできなくて
多くのことをやり残してしまうということです。


日々を大切に生き
いつも平和でいられますように
不穏を残したままになりませんように
そう思うようになったら
たとえ、誰かを許せないほどのことがあったとしても
すべてのことに何かしらの原因があり
あるいは、その人の性格によるものなのだと
少し時間が過ぎれば、そう思えるようになりました。


新しい年がやってきます。
2019年が希望に満ちた年でありますように
そして平成の30年間が
天の宝となって積まれますように


今日も祈りのうちに