祈りのうちに

夫の突然の脳腫瘍、物語を書きかえながら、すべてを受け入れる
日々をつづりたいと思います

徒然なるままの記録

主のご復活おめでとうございます


満月をあおぐ
満月の日に逝ってしまった友人のことや
昨年の桜を見て、もう一度
夫は桜を見ることができるか考えたこと
1年前の生活
5月のMRIで再発を聞いたのだっけ
何度目の再発だったか
再発の怖さを忘れ、その言葉に
慣れすぎていた私
あの時も、妹からは
厳しいことを聞いた
5月のMRIで再発がわかったのに
私は先生が次のMRIの予約をいつも通りに
2ヵ月後の7月に入れたので
来月にしなくてもいいのかを聞いたら
何かあれば次は入院になると思うからと
さりげなく言われたことを
ただ心にとめておいただけだった
でも、そのことを妹に話したら
妹はもっと重い意味があるとわかっていたと
後から言われて
私に、そう思わなかったのかと言いました。


妹はいつも私に厳しい


母のさいごの介護の時も
妹のひとことひとことがとてもきつかった
妹のことが怖くてたまらなかった
私の話すことを全て否定されているような気さえ
していました。
妹は必死だったから、母の介護に
自分の全てを捧げているといってもいいくらい
すべてが母ファーストでした。


私はいてもいなくてもいい存在でした。
実際にそう言われたこともあったから


頼りない姉に呆れていたのでしょう


今日の記録は、母のことで
どうしても手紙できちんとお知らせしたいという
母の友人や親戚のことを持ち出してきたので
私は、すべての人に長い手紙を出すのは
返って相手が重すぎると思うと言ったら
そもことには少し理解を示し
2人でセレクトして12人に手紙
その他の年賀状のみのお付き合いや
ほとんど形だけのようなお付き合いになっているような
親戚などには普通のお知らせハガキにすることに
したのです。
手紙は妹が自分の言葉と自分の主語で書いていたので
私と連名にするなら、私も書き添えないとならない
ということになり、あまり気が進まなかったけれど
妹が丁寧に書いているので、
私はあっさりと1/2枚ほどで書きました。
手紙が届けば、おおかたのところからは
連絡なり、お香典などが届くことを懸念しましたが
予想通り、そうなりました。
元々、お香典を辞退することにしていて
もちろんそのことは別紙にして添えたと言いますが
そうはいかないと考える人もたくさんいて
家に来てお参りさせてほしいと言ってきた人が
2組いました。


私は今電話で母のことを話すことも
人に会って話すことも正直、きついのです。
それもあって、必要な人には手紙を書いたのに
会っておもてなしをして話をしなければならないことが
本当にしんどいのです。


誰もが自宅で看取ったことをまず
すごいねというし
それを称賛されることも正直してほしくない
静かに、そっとしておいてほしいのです。


でも、遠方から来たいという親戚に対して
妹は、わざわざ新幹線に乗って来てくれるのだからと
私に言うのです。
その上、何人来るのかわからないから
用意すべき志もいくつにするかわからない
どうしようと言うと、
母が自分は質素にしても、他人には手厚くするように
育った人だから、そこでケチなことを言うべきではないと
私に言いました。
私は、そういうことではないよ、といったけれど
返ってくる言葉が、私がケチなことを言っていると
言う感じなので、それ以上は黙っていました。


たずねたいという人の
母への気持ちには感謝したいです。
でも、大切な人を失い喪失感がまだ抜けていない人の
そっとしておいてほしい気持ちを
どうしてわかってもらえないのかと思う


やっぱり私がおかしいのかな
どこか不安神経症が出ているから?


私だったら今は気持ちの不安定さがまだあるので
お気持ちだけをいただいておきたいですと
言いたい


妹はこれからも弔問客を受けて
本当は辞退したいお香典を
相手の気持ちだからどうしてもの方は
お断りできないというのでしょう


自分だったら不幸のあった方には
そんなふうに自分の気持ちをおしつけたくないです。
気持ちの表し方は他にもあると思うから
それこそ、優しいお手紙とか
さりげなく、頃合いを見てお花をおくるとか


病気のお見舞いも
病気の自分を見られたくないから
会いたくないと思う人もいます。


とてもお世話になった方だから
何かしたいと思うときは
ご遺族の気持ちを考えてから
自分の気持ちだけを出してしまうのも
どうかと思ってしまいました。


この気持ちが妹とは180度合わない部分です。
今夜も眠れない
自分がどんどん病んでいくように
思えてしまう


記録として書きました。


今日も祈りのうちに